カテゴリー
幸せ

幸せの分母

今朝、歯磨きしなきゃーって歯ブラシをとって歯磨き粉をつけてごしごしごし・・・

ごしごしごし・・・

いつも以上に泡立ちがいいな~歯磨き粉。

ごしごしごし・・・

ご・・・・???

・・・て・・・

洗顔フォームだった!!(;°皿°)

っていう朝をおくっていた岸田です。こんばんは。
じゃん☆アロマオイル買いました!!

12

・シダーウッド ・ユーカリ ・プチグレン ・ラベンダー ・シトロネラ
なんと、5個セットで送料込の1000円っていう激安でした♪
安いから大丈夫かなーと不安でしたが、かなり良い香りです。
除菌作用があるアロマなのでマスクとかに垂らして使うと風邪予防にもなります。
摂食障害の方は、アロマだとラベンダーがお勧めです。
ほうせん核に働きかけ、セロトニンの分泌を促してくれます^^
実は、私はこういう買い物が出来るようになるまで時間がかかりました。
「自分の好きな物を選ぶ」「自分の欲しいものを買う」
私にはこれが欠落していました。
子供の頃から「自分の欲しい物を買う」という習慣が身についていなかったせいです。
「家族の誰かが病気になった時に使おう」
子供のくせにそんなことを考えて貯金していました。
(そして結果、病気になったのは私っていうね(ははは…)
しかも、妹2人が買い物をするのをみて、羨ましいという妬みの感情もありました(汗
「買っても良いよ」
と親に言われないと買えない子だったので、今は自分で自分の好きなものが分かって、買える。
それだけで感動していました。

幸せの分母って知ってますか?

the Fraction of life can be increased in value not so much by increasing your Numerator as by lessening your Denominator.
人生という分数では分母を増やすよりむしろ分母を減らすことによってその価値を増す

トーマス・カーライルの言葉です。
病気が治った時に、ご飯がこんなに美味しいんだと感動して、
生きてて良かったーって思いました。
生きてるだけで楽しくて嬉しいんです。
ついつい、ニヤニヤしながら外を歩いてしまう私でした。
カテゴリー
感謝・謙虚さを持つ ( 7 )

毎日だれかに『ありがとう』

こんにちは、岸田です。
職場で風邪が流行っていて、私もうつされたみたいです(^∀^;
皆さんも、お気をつけください。
ところで、私の職場では、毎日、誰か最低一人にありがとうの手紙を書くというルール(?)があるんです。
何時間も一緒にいるわけでしょ?
ありがとうの一つや二つ出て来て当たり前!っていう会社の考え。
手紙っていっても、そんな長くなくていいのね。
例えば・・・
「●●さんへ。今日のお掃除、とても綺麗にしてくれてありがとう!!お蔭で気持ちよく仕事が出来ました。」
みたいな。
arigato
それを休憩室の壁にずらっとセロハンテープで貼っていくんです。
2週間もすると、『ありがとう』の言葉が壁いっぱいに広がって、
最初から読んでいくと
(あ~そんなこともあったなぁ~)と、
何だか大きな思い出帳のよう。
私はよく、「元気な接客でお店の雰囲気が良くなります、ありがとう」と書いていただく事が多いんですが、
こういう事書かれると、モチベーションUPしちゃって・・・もっと頑張ってしまいます笑
そういう事も狙ってかもしれませんね♪
そして、壁を見ていて気付いた事がもうひとつ。
『ありがとう』を沢山見つけられる人は心が綺麗です。

『ありがとう』を重ねる事で心が綺麗になるのか、
それとも心が綺麗だから『ありがとう』に気付くのか。。。

それは鶏が先か卵が先かみたいな・・・
いやいや、そういうループの中でどんどん心が清んでいくのかも?

一日、働いて、
帰る頃に一緒に働いた誰か一人に「ありがとう」を気付けるといいですね。では。
カテゴリー
「愛」と「信じる」って?

「愛されたい」「愛がほしい」そういう人は

よく「愛されたい」「愛がほしい」と言う人いますが、そういう人に限って、人を愛していなかったりします。
実はかつての私がそうでした。
ずっと「愛が欲しい」と口癖のように言っていた時期がありまして、でも実際は愛されてない状態じゃなく愛されていたんです。

ただ、その愛を受け取る事が出来ない自分でした。
そういった体験から・・・「私は愛されてない」と感じる人の中には、実は愛を受け入れる事が出来ない状態にあるというパターンが多いんんじゃないかと考えます。

つまり心が何らかの影響によって閉じちゃっているんです。
だから寂しくって、辛くって、ひとりぼっち
そういう感覚に襲われて、きっとすごーく苦しい。
毎日、一秒一秒が辛い。
そして人を愛せない。

誰かを愛するパワーって強いんです。
誰かを愛した時、脳は活性化します。
元気になります。
生きるパワーの源になります。

愛されてないから満たされない?
それって本当?
本当は、愛してないから満たされないんじゃないの・・・?
もちろん、愛されることが悪いって言っているんじゃないですよ?
愛されることは絶対に必要です。
それは愛を知る事だから。
愛を知るから、愛を与えられる人間になるんです。
ただ、愛って難しい。
「愛」は「好き」ではありません。
もっと深いものだと私は考えているのです。
「好き」は一方通行になってしまって、はっきり言ってこの感情はむしろ愛には邪魔かもしれません。
「好き」とは本能や直観に近い部分だと思うのです。
だから子供の頃は「このおもちゃが好き」「このお菓子が好き」
とにかく「好き」が大きいです。
これが大人になって来ると理性がプラスされて「愛」となるのではないでしょうか?
なぜなら

愛って「思いやる」事

愛って「許す」事

愛って「諭す」事

全部これは大人になって色んな経験をし、知性あっての事。
愛にはぐっと堪える我慢、多少の忍耐力が必要だと思うのです。

そして何より母の愛は偉大です。
これは守ろうとする愛だから。
守ろうとする愛は偉大です。
夫婦の愛も偉大です。
これは支え合う愛だから。

支え合おうとする愛は相乗効果でぐんぐんパワーUPします。
夫婦の仲が良いと、夫は出世するし、妻は美しくなります。
支え合う愛がキラキラと生きるパワーの根源になっているから。

愛のカタチってこうやって書いていても一杯出てきますね。
本当に様々な愛のカタチがあるんだなーって思います。
でも、これが出来るだけの心の余裕がなくては、本当の「愛」の存在に気付く事って難しいんですよね。
でも、そういうのって常に感じる事でもなくって、ふとした瞬間に感じる事が多いんです。
例えばトイレに座ってふっと気が抜けた時とか。笑
うーん。。。
だから私もまだ上手く言えないけど、自身の心に余裕がない時、
人からの愛を受け入れ、人へ愛を与える事なんて出来ないんじゃないかと思うんです。(今の私は。ですよ。汗)
だから「愛されたい」「愛が欲しい」と願う時はまず、

愛を受け入れる体制

人を愛せる心の余裕が必要なんじゃないかなー。

そう思う、今日この頃です。